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その他 2010 : シネマ マスタークラス

恋愛のように、映画に身をゆだねる能力が必要だ。
映画監督はすべてを説明してはならない
。』
マルコ・ベロッキオ




映画制作について何かを教えるということは、それがセットの中で撮影を行い、スタッフや俳優、女優たちを率いて、あれをしろ、これをしろと注文する…と いう具合に実践的なものでない限り、私の目には意味がないことのように思えます。撮影現場では“民主主義”や平等の概念は存在しません。厳格さ、興味、愛 情、そして尊重が必要です。女優が泣くシーンで、その女優を泣かせるためには叩いたり、暴言を吐いたりしてもかまわないと考えている映画監督は、私にとっ ては真の映画監督とはいえません(この点に関して、ネオリアリズム―新現実主義―の時代の終わりの頃に、まだ経験の浅い女優を泣かせるためには、その女性 の顔をアップでとらえながら、ネクタイで脚を叩いていた、というある映画監督の逸話がよく挙げられますが)…。私が映画監督になりたいという人たちに何か 言葉で伝えられることがあるとすれば(映画監督というのは非常に多くのことが要求される職業ですが、若い人たちをこんなにも魅了する職業であるということ にいつも驚かされます)、映画作りは役者たちとともに創り上げるものだということです。映画監督は男優や女優の心をとらえ、魅了しながら、率いていかなけ ればならないのですが、男優と女優ではその方法も違ってきます(“芸術的”に女優の心を惹きつけることと、男優を惹きつけることは全く別物なのです)。映 画監督はまた、彼らに魅惑されなければなりません。ここで魅惑されることは、決して“受身”であることでも、“弱い”ことでもありません。映画作りのテク ニックを伝授することは誰にでもできます。しかし、あなたが想像した人物を実際に生きた人間に演じさせる力は、直観、素質でしょう。しかしそれでも、失敗 のリスクから逃れられない映画監督という職業にも学んで得られることはあります。いずれにしても、どんな職業にも必ず成功するという保証はありません。


マルコ・ベロッキオは、演劇と映画の勉強した後、1965年に評論家の注目の的となる最初の長編映画を監督しました。彼の監督作品は、イタリア人の体制順応主義の象徴を糾弾しま す。対抗する若者のマニフェストである、カルト映画『Les Poings dans les poches』(1966年)を発表した後、『Au nom du père』(1971年)では宗教を、また『La Marche triomphale』(1976年)では軍隊を糾弾しました。ミシェル・ピコリとアヌーク・エーメが出演した『Le Saut dans le vide』(1980年)では、カンヌの2つの俳優賞を受賞しました。1986年にカンヌで物議を醸した『Diable au corps』や、ピランデルロ原作の『La Nourrice』(1990年)といった、文学作品の翻案映画も監督しています。また、マルコ・ベロッキオは、『La Sourire de ma mère』(カンヌ映画祭コンペティション部門-2002年)で、今度はバチカンを混乱させました。2004年ヴェネツィア国際映画祭で上映された『Buongiorno, notte』は、赤い旅団の過激主義を初めて取り上げたものでしょう。2009年には、カンヌ映画祭コンペティション部門で『Vincere』を上映し、世界的に著名な評論家たちに称賛されました。

 

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