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その他 2010
『恋愛のように、映画に身をゆだねる能力が必要だ。
映画監督はすべてを説明してはならない。』
マルコ・ベロッキオ
「映画制作について何かを教えるということは、それがセットの中で撮影を行い、スタッフや俳優、女優たちを率いて、あれをしろ、これをしろと注文する…と いう具合に実践的なものでない限り、私の目には意味がないことのように思えます。撮影現場では“民主主義”や平等の概念は存在しません。厳格さ、興味、愛 情、そして尊重が必要です。女優が泣くシーンで、その女優を泣かせるためには叩いたり、暴言を吐いたりしてもかまわないと考えている映画監督は、私にとっ ては真の映画監督とはいえません(この点に関して、ネオリアリズム―新現実主義―の時代の終わりの頃に、まだ経験の浅い女優を泣かせるためには、その女性 の顔をアップでとらえながら、ネクタイで脚を叩いていた、というある映画監督の逸話がよく挙げられますが)…。私が映画監督になりたいという人たちに何か 言葉で伝えられることがあるとすれば(映画監督というのは非常に多くのことが要求される職業ですが、若い人たちをこんなにも魅了する職業であるということ にいつも驚かされます)、映画作りは役者たちとともに創り上げるものだということです。映画監督は男優や女優の心をとらえ、魅了しながら、率いていかなけ ればならないのですが、男優と女優ではその方法も違ってきます(“芸術的”に女優の心を惹きつけることと、男優を惹きつけることは全く別物なのです)。映 画監督はまた、彼らに魅惑されなければなりません。ここで魅惑されることは、決して“受身”であることでも、“弱い”ことでもありません。映画作りのテク ニックを伝授することは誰にでもできます。しかし、あなたが想像した人物を実際に生きた人間に演じさせる力は、直観、素質でしょう。しかしそれでも、失敗 のリスクから逃れられない映画監督という職業にも学んで得られることはあります。いずれにしても、どんな職業にも必ず成功するという保証はありません。」




















